【専門家コラム】予算のない買い物 ― 医療における「お金」の話(医師・宮本恒彦氏)

執筆者
医師 宮本 恒彦

プロフィール
袋井市立聖隷袋井市民病院 院長
日本脳神経外科学会専門医、医学博士
著書「実践 インフォームド・コンセント」(2003・永井書店)「診療ですぐに役立つ 研修医のための患者対応法」(2008・永井書店)
第41回静岡県医療功労賞受賞(平成25年)

医療は「予算のない買い物」

日本の医療保険制度の特徴を表現すると、「予算のない買い物」ではないかと思っています。医療は商売ではないという考え方もあるでしょうが、業態としてはサービス業に分類されるというのが一般的な考え方です。医療というサービスを受ける際に、どれくらい費用がかかるか、利用者である患者さんはそれを意識しているでしょうか。あまり意識しなくても済んでいるのはこの制度がうまく機能しているからでしょう。

そもそも医療サービスの中身は金額では変わらないという考え方があります。定食の松・竹・梅のような区別はなく、大金持ちでもそうでなくても、医療そのものは同じであるということです。行なう医療の中身は病状による違いは当然ありますが、お金のあるなしでは差はないはずなのです。実験的な医療は別ですが、実施出来る施設が限られている特殊な医療でも、本当に必要ならその医療機関にかかることは可能なのです。誰でもその病状に相応しい医療が受けられるということは、日本の保険制度の優れた点として知っておいて欲しいものです。

また、日本の医療では、行なった診療内容ごとに点数を積算して医療費が決まります。これを出来高払いと言います。最終的な医療費は、いわば結果であって、予算をたてて診療を計画するというものではないのが特徴です。

同じ保険でも介護保険は大分様子が異なります。ご存じの方も多いと思いますが、こちらは介護度により保険で使える費用の上限が決まっています。その範囲でサービス内容を決めて行きますので、予算に応じて使うサービスは変わりますし、サービス提供者が中身を決定するというよりも、利用者が最終的に選ぶという面も強くなっていると言えるでしょう。医療保険と介護保険を比較すると、いろいろ違いが見えてきます。

同じ診療でも病院によって基本料金が異なる

医療保険の話にもどりますが、同じ診療ならどの病院でも同じ料金になるでしょうか。極端に違うことはないはずですが、全く同じとは限りません。特に入院になった場合、いろいろ複雑な仕組みがあって、病院の基本料金のようなものが異なるのです。ここではあまり詳しいことは述べませんが、看護体制による違い、様々な体制整備にともなう「加算」などがあって、個々の患者さんの診療内容と直接関係なくても基本の値段が異なる仕組みがあるのです。当然ながら高い点数が取れる病院であれば、相応の体制が整っていて、提供されるサービスの質が高いという建て前です。

看護の体制について少し補足すると、完全看護ということばを今でも使う人がいますが、このような言葉は正式にはありません。基準看護といって、病床数に応じてどれだけの看護スタッフが確保出来ているかによって入院基本料が大きく異なるようなシステムとなっています。看護師の人数が多くなれば、それだけこまめな対応がされるはずということですが、患者さんの要望に全面的に応えるというようなことが決まっているものではないのです。その人数で出来ることをする、言い換えれば、看護体制が異なれば、提供される看護の中身は変わるということでもあるのです。

一般的には、実際に行なっている診療内容に応じた看護体制が用意されていますので、極端に体制が不備なまま高度な診療を行なうことはないと思われますが、手術前後の濃厚な関わりと同じレベルの看護を常に期待することは出来ません。まして「完全な」看護などという理想をかなえることは無理なのです。

よりコストを意識した医療へ

そして、現在急性期医療を担う病院の多くがDPCというシステムで運営されるようになっています。入院に伴う医療費の大半が、疾患の分類ごとに規定された金額で決まるもので、先に述べた出来高払いと大きく異なります。定額制と言われることもありますが、実際には手術など出来高で計算する部分があり、入院日数などが変われば合計の医療費は変わりますので、厳密には定額ではありません。ともあれ日本の保険医療のシステムも少しずつ変わってきているのです。

あまりお金のことを意識しなくてもよいのは確かにメリットではあるのですが、保険というのは皆が支払った保険料を、病気になった人が公平に使えるようにしているものですから、財政的な制約はあるわけです。昨今そのことはしばしば話題になり、無駄な医療費を使わないようにというメッセージはいろいろなところから出ています。予算を考えなくてもよいけれど、コスト意識を持つということは必要でしょう。

最近患者さんも支払い額にシビアになってきました。外来で何か検査をしようと提案した時、「それをやるといくらかかるか」と尋ねる方も少なくありません。確かに、自己負担は必ずありますから、実際の支払いがいくらになるのかは重要なことです。今までは、患者も医療者もあまりお金のことを気にせずに方針を決めてきましたが、いつもそれでよいとは言えなくなってきているのかもしれません。病気になれば、医療機関に支払う医療費以外にも様々な出費があり得ますし、仕事を休むことで収入が減ることもあり、生活全体で考えればお金の話はどうしてもついてまわることになります。

必要な人に必要な医療が届くために、保険の仕組みを知りましょう

しかし医療に市場原理を持ち込み過ぎると、いろいろ問題が生じます。既に地方では医師不足などが深刻になっていますが、市場原理で考えれば当然の結果というべきです。そもそも商品の買い物と医療サービスを同列に扱うのは非常に危険な発想でしょう。健康はまさに基本的な人権に関わるものであり、地方に住んでいようと受けられる医療に極端に差があってはいけないと考えます。お金を気にし過ぎて必要な医療が受けられないということがないような制度が望まれるところです。

個人で出来ることは限られていますが、無駄な受診をしないことは重要です。自分の都合で、時間外などわざわざコストがかかるような医療を受けるのは好ましくありません。医療者に対して過剰な要求をすることも問題になるでしょう。また、保険では「元を取る」という発想は誤りです。たくさん費用をかけることになった方はむしろ不運であり、医療費を使わずに済んだ人は幸運だったと考えるべきなのです。いざという時に困らない制度が今後も成り立つためには、保険加入者も保険の仕組みを知り、無駄を省く意識は持っていて欲しいものです。


参考
袋井市立聖隷袋井市民病院社会福祉法人聖隷福祉事業団