【専門家コラム】医療におけるリスクの考え方(医師・宮本恒彦氏)

執筆者
医師 宮本 恒彦

プロフィール
袋井市立聖隷袋井市民病院 院長
日本脳神経外科学会専門医、医学博士
著書「実践 インフォームド・コンセント」(2003・永井書店)「診療ですぐに役立つ 研修医のための患者対応法」(2008・永井書店)
第41回静岡県医療功労賞受賞(平成25年)

医療行為につきものの「リスク」

インフォームド・コンセントという言葉もそれなりに定着し、最近はどこの医療機関でも説明には力を入れるようになっています。何か検査や治療を行おうとする際には、その医療行為に伴う危険性についての説明もきっとされるでしょう。危険性のことを一般にリスクと呼びますが、このリスクをどのように考えたらよいのか、いざ自分が治療を受けるような場面では判断に困ることもあるかもしれません。

残念ながら医療行為にはリスクはつきものなのです。これは決して医師など医療者がミスをする危険があるということではありません。もちろん過誤とされるようなものも中にはあるでしょうが、ほとんどの場合、間違った行為ではないにも関わらず、好ましくない結果が生ずるというパターンなのです。医療にはそのような不確実性があるという現実をまず認識しなければなりません。つまり、ここで述べているリスクは過誤のようなものとは別と考えてください。

昔と違って、医師も慎重になっており、後々のトラブルを防ぐ意味でもリスクの説明はかなり丁寧にされるはずです。「私に任せなさい」というような大時代的なやり方は過去の物と言って良いでしょう。提案する治療で期待される効果とともに、それに伴う様々なリスクの説明があると、不安になる人も少なくないはずです。しかしここは冷静にならなければなりません。

行うリスクと行わないリスクがあります

リスクは何かを行うことで生ずるものも当然ありますが、実はしないことでのリスクもあるのです。ちょっと考えれば分かることですが、手術が勧められるような病状の場合、手術をしない治療を選択すれば、本来得られるはずの効果が得られないというリスクがあるわけです。ですから、治療に伴うリスクと、それを行わないリスクを秤にかけて判断するということは最低限必要になります。既に病気がある以上、リスクがないということはないのです。

以前は医師が医学的な判断だけでなく、患者さんの個別の状況などを配慮した上で、お薦めの治療方針を示し実行していました。今でも外来診療で薬を出すというレベルのことでは実質的には医師の判断に委ねられていることがほとんどでしょう。それでも多くの場合はその判断通りで問題は生じないのですが、現実的には思うような効果が出なかったり、合併症が生じたりという問題は起こるわけです。

このようなリスクをどのように考えたらよいでしょうか。リスクを気にし過ぎて必要な治療を受けないということは、あまり好ましいこととは言えません。

私はよくフィギュアスケートのことを例に出して説明します。メダル争いをしているような時に、どのような難度の技を入れるかは非常に大きな課題になります。失敗の少ない技で構成すると、うまく出来たとしても点数は伸びません。高いレベルを目指すということは難度も増し、成功の確率はやや低くなるでしょう。同じように努力してもうまく行かない場面があることは皆さんよくご存じかと思いますが、挑戦しなければ高い点数は出ないということも事実で、このような時にもリスクとベネフィット、要するに損得勘定のようなものを検討しているわけです。オリンピックで金メダルを目指すのか、銀か銅でよいとするのか、それと似たような判断が医療の現場でも求められるということです。

「確率」を冷静に受け止めることが大切

そもそも確率の話はイメージしにくいものかもしれません。一般論として成功の確率が90%と説明されても、残りの10%に入る可能性があると考えれば不安になるかもしれません。90%ということは、みんなに90%の効果があるということではなく、効果がある人が90%で残りの10%は効果がないということですから、当事者にしてみれば、結局ゼロか100かというような話になるわけです。しかし先にも述べましたように、リスクはもともとゼロではないのですから、確率を参考にしながら何らかの挑戦をしなければ効果は期待できません。

身近な「確率」の話としては、天気予報の降水確率があります。降水確率0%でない以上は雨が降ることはあるということになるのですが、10%と言われた時に、傘を持って出かけるでしょうか。常に傘を持って行くという人もいるでしょうし、30%くらいまでなら傘は持たず、降ったらその時に対応するという人も多いのではないでしょうか。診療場面でも考え方は似たようなものだと思います。リスク0%ということは現実的にはないわけで、自分なりの考え方に基づいて、リスクを判断するということは避けられないのです。天気予報が外れても雨に濡れるだけかもしれませんが、診療となると時には生死に関わることもあるわけです。確率の話も冷静に判断するということが非常に重要になって来るのです。

リスクが現実になったときのことをイメージしてみましょう

想定されるリスクによって、その結果自分にどんな状態が起こりうるのか、そこをきちんとイメージしてみることが大切です。あまり細かいことまで気にし始めるときりがありませんが、一般的に考えられている合併症の説明を受けた時、それが自分に生じた時、生活がどう変わるのかをイメージしてみるとよいでしょう。

単に追加の処置が必要になって治療期間が延びるという程度のことかもしれませんし、何らかの障害がずっと残るということになるのかもしれません。その場合、今の生活が基本的に維持出来るのか、誰かの助けを要する可能性があるのか、食事や排泄など毎日の生活に支障が出ないか、等を考えてみることで、具体的なリスクの重みが分ってくるのではないかと思います。そのイメージが出来るように質問をしてみてください。自分にとって譲れないことがあれば、その方針は否定されることになるでしょう。

自分で考え、選ぶための「インフォームド・コンセント」

専門的なことは分からないからお任せするという行き方も現実的にはあり得ます。ただ、医療も複雑になっていますし、患者さんの価値観もいろいろですので、自分でよく考えることで、自分にとって最も良い方針を選ぶこともできるのです。それこそがインフォームド・コンセントなのです。この言葉もそれなりに普及はしましたが、単に説明を聞くというだけで終わってしまっていませんか。医療者もリスクを説明したというアリバイ作りになってしまっているかもしれません。せっかくの情報を活用して、自分にとってのベストを選ぶという姿勢が患者さんにも求められているのです。


参考
袋井市立聖隷袋井市民病院社会福祉法人聖隷福祉事業団